1. 債券の発行形態・主な投資家・発行市場
日本高速道路保有・債務返済機構(JH, JEHDRA, 高速道路機構)は、自身で資金調達を行うために2種類の債券を発行しています。
一つは政府保証債(政府が元本・利息支払いを保証する債券)で、もう一つが財投機関債(政府保証のない債券)です。
政府保証債は財政投融資制度の一環で発行され、高速道路機構はその債務に政府保証を付与できる権限を与えられています。
実際、資金調達額の約8割は政府保証債によって賄われており、低コストで資金調達することで国民負担を抑制する政策的な狙いがあります。
一方、財投機関債(いわゆる機構債)は政府保証がなく、高速道路機構自身の信用力で発行される社債ですが、JH法に基づき債券保有者は高速道路機構の全財産に対し一般担保権(他の債権者に優先して弁済を受ける権利)を有します。
このため高い信用格付け(例:R&I社でAA+程度)を維持しており、機関投資家から受け入れられています。
発行形態としては、いずれの債券も公募形式で国内資本市場において発行され、三菱UFJモルガン・スタンレーや野村證券など大手証券会社が主幹事・引受団となります。
発行に際しては証券会社等によるブックビルディングを経て条件決定され、債券は社債管理団(受託会社)による管理のもと、社債登録制度(振替制度)で流通します。
債券は紙の券面を持たない振替債であり、各債券の額面は1,000万円に設定されています。
そのため最低購入単位は基本的に1,000万円と大口で、発行時から主な購入者は機関投資家(銀行、保険会社、年金基金、資産運用会社など)です。
実際、生命保険会社や銀行の長期運用資金、地方自治体の基金など、安全性の高い長期債を必要とする投資家が主要な購入者となっています。
例えば地方自治体では、自らの基金の運用を通じた社会貢献策として機構債(ソーシャルボンド)に投資する事例もあります。
加えて近年発行される機構債の多くはソーシャルボンドとして位置付けられており、調達資金は高速道路の建設や老朽更新・耐震化など社会的課題の解決に資する事業に充当されています。
高速道路機構の債券の発行市場は主に国内ですが、海外市場での起債実績もあります。
例えば2009年には初の国外機構債として30年物・500億円規模の機構債を発行し、シンガポール証券取引所に上場しました。
この債券は表面利率2.85%、発行価格99.94(実質利回り2.853%)で発行され、格付も国内AAA/ムーディーズAaaと最高水準であったことから海外の投資家にも受け入れられました。
もっとも国外発行は特殊な例であり、基本的には国内市場(店頭市場)での発行・流通が中心です。
発行後の債券は証券取引所に上場しない店頭債券として証券会社間で売買されており、投資家間の取引は日本証券業協会を通じた相対取引で行われます。
こうした仕組みにより、高速道路機構は国内外の資本市場から長期資金を調達し、高速道路事業に係る巨額の債務返済資金を確保しています。
2. 一般投資家による購入方法・最低購入単位・流通市場
高速道路機構の発行する債券は原則として誰でも自由に売買可能な市場流通債です。
ただし前述のように最低購入単位(額面)が1,000万円と大口であるため、実際に購入する場合は証券会社を通じて店頭市場で取引する形態になります。
一般の個人投資家が購入を希望する場合、まず証券会社に相談し、取り扱いがあれば新発債の募集に応募するか、既発債を証券会社から買い付けることになります。
新発時は機関投資家中心に販売されるため個人への割当は限定的ですが、発行後はマーケットで流通するため購入自体は可能です。
実際、高速道路機構自身も「機構債は自由に売買されています。購入を検討される方はお近くの証券会社等にご相談ください」と案内しています。
購入方法の具体例としては、債券の発行条件決定後に証券会社が投資家(機関・富裕層顧客等)から需要を募り、新発債を配分します。
個人で購入希望の場合、このブックビルディングに参加できる証券口座(主に対面営業)を通じて申し込みます。
落札・割当が得られれば発行日(払込日)に購入できます。
発行時に買えなかった場合や発行後に買い増ししたい場合は、流通市場(セカンダリー)で証券会社に注文を出し、保有している投資家から買い取る形になります。
店頭債券のため市場価格は証券会社が提示する利回りや価格で売買されます。
高速道路機構の債券は高い信用力ゆえ市場での流動性も一定程度あり、長期国債利回りに一定の上乗せ金利を加えた水準で利回りが形成されています (例えば最近の発行では5年債で10年国債+0.18%、21年債で30年国債+0.053%程度の利差でした )。
このように最終投資家としては銀行・生保など機関投資家が多いものの、十分な資金があれば個人でも店頭市場を通じて購入・保有することが可能です。
なお債券は電子的に登録管理されているため券面の受け渡しはなく、利払い・償還金は証券口座を通じて受け取ります。
3. 超長期債(30年超)の満期設定の背景・理由
高速道路機構の債券には超長期(満期30年超)の債券が存在し、創設当初から40年債や30年債といった超長期債が発行されてきました。
この背景には大きく分けて資金調達上の必要性と投資家需要、政策的意図の3つがあります。
(a) 資金繰り・負債管理上の必要性(ALM上の理由):
高速道路機構は高速道路という耐用年数の長い資産を保有し、その建設費等の債務返済も数十年スパンで行う計画です。
したがって負債サイドも資産に見合った長期である方が望ましく、資産負債の期間マッチング(ALM)の観点から債券の償還期間を長期化しています。
特に、高速道路債務の返済期限が法定で長期(当初45年以内、その後延長)と定められていることから、償還期限をできるだけ後ろに設定した債券を発行し、返済負担を各年度で平準化する狙いがあります。
このように超長期債の活用によって、毎年の元利支払額を低減しつつ確実な債務返済を図ることが高速道路機構の財務戦略となっています。
(b) 機関投資家の需要:
超長期債には、主に生命保険会社など長期資金運用ニーズを持つ機関投資家から強い需要があります。
超低金利が続いた局面でも長期の確定利回りを確保したい生保などはデュレーションの長い債券を求めており、高速道路機構はこうした投資家ニーズに応える商品設計を行ってきました。
例えば2008年には国内初の30年ディープディスカウント債(表面金利0.5%の割引債)を発行し、超長期ゾーンにおける新たな商品性を提示しました。
割引債や利子一括払い債(利払いを満期まで繰延べする設計)は、期間途中のクーポンを事実上ゼロに近づけることでデュレーション(債券の平均回収期間)を極大化できるため、負債の長期化を図りたい高速道路機構と長期資産を求める生保等の双方にメリットがあります。
実際、高速道路機構は2017年以降、利息を全て満期時に支払う「利子満期一括債」の発行も開始し、40年物の一括債はデュレーション約34年という超長期商品となりました (同時期の通常40年債は約28年)。
このような工夫により、高速道路機構の債券は国内債券市場で最も長期の部類として投資家層を開拓し、安定的な需要に支えられています。
(c) 政策的・市場育成的な意図:
超長期債の発行は、単に高速道路機構自身の資金需要のみならず、日本の資本市場における超長期ゾーンの活性化にも寄与しています。
実際、高速道路機構は2005年の第1回40年債・第2回30年債の発行により「社債市場に40年」という新領域を切り拓き、その功績から「Deal of the Year」などを受賞しています。
また2015年には約6年ぶりに40年債の発行を復活させ、当年度に合計1,100億円もの超長期資金を市場に供給しました。
これは超長期債への投資家需要を掘り起こし、超長期債市場の活性化につながったと評価されています。
国もまた超長期の国債(40年国債)の整備を進めていますが、高速道路機構の債券は政府保証の有無や発行タイミングの調整など柔軟性が高く、市場ニーズに応じて「オッド年限債」(例:21年債や15年債など通常と異なる年限)を発行するなど戦略的な起債を行っています。
これにより満期分散が進み、償還の平準化と投資家層の拡大が図られています。
総じて、超長期債の設定は債務返済期間の長期化要請と市場・投資家の需要、そして国の財投政策が合致した結果であり、高速道路機構の超長期債は日本のインフラ債券市場において重要な位置を占めています。
4. 債券発行に至る歴史的経緯(道路公団民営化・特定財源の変化 等)
高速道路機構が現在のような債券を発行するに至った背景には、2000年代前半の道路関係四公団の民営化と、その後の道路財源制度の見直しという大きな制度改革があります。
まず、道路公団民営化の枠組みについてです。
2005年10月に日本道路公団など道路関係4公団が解散・再編され、6つの高速道路株式会社(東日本、中日本、西日本、首都高速、阪神高速、本州四国連絡高速)と高速道路機構(独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構)が設立されました。
民営化の目的は「民間にできることは民間に委ねる」との方針の下、
①累積約40兆円に上る巨額の有利子債務を確実に返済すること
②真に必要な高速道路を早期かつ極力少ない国民負担で整備すること
③民間のノウハウを活かして多様で弾力的なサービスを提供すること
にありました。
この枠組みにおいて、高速道路機構は高速道路資産と債務を一元的に引き受けて管理・返済する役割を担うことになりました。
具体的には、高速道路会社が建設した道路は工事完成後に高速道路機構の資産として帰属し、その建設のために負った債務(社債・借入金)は法に基づき高速道路機構が引き受ける(肩代わりする)ことと定められました。
高速道路会社は完成した道路を高速道路機構から借り受けて運営し、その対価として道路貸付料を高速道路機構に支払います。
貸付料の額は、高速道路機構が引き受けた債務の元利返済費用と道路の維持管理費用等をまかなえる水準に設定されており、貸付期間内(≒料金徴収期間内)に債務を償還できる計画となっています。
この協定に基づくスキームによって、高速道路会社は巨額の建設債務から解放され経営の自由度を得る一方、高速道路機構が長期にわたり債務を管理・返済していく体制が整えられました。
高速道路機構は旧公団から承継した債務(約40兆円)についても一括して引き受けており、これら既存の道路債券も全て高速道路機構に債務が引き継がれています。
なお、旧公団債の中には政府保証の付いたものも存在したため、それらについては承継後も政府保証契約が従前の条件で継続する措置が取られました。
このように2005年の発足時点で高速道路機構は莫大な債務を抱えてスタートしたため、当初は政府保証債の発行や財政融資(政府系機関からの融資)による低利資金調達が認められました。
政府保証債については民営化時の計画に従い徐々に削減する方針が示されていましたが、債務残高の大きさから「当分の間は政府保証割合が現状程度で推移するのもやむを得ない」とされ、結果的に現在まで政府保証債と機構債の両建て発行が続いています。
これは前述のとおり国民負担の軽減を最優先し低コスト調達を維持するための措置です。
次に、道路特定財源制度の変化について触れます。
民営化当時、日本の道路整備にはガソリン税などを原資とする「道路整備特定財源」が充てられていました。
しかし2000年代後半の財政制度改革により、2009年度から道路特定財源が廃止され一般財源化されました。
これに伴い、高速道路整備に対する国の直截的な財政支援の枠組みが変化しています。
特に採算性の低い地方部の高速道路については、従来は特定財源からの財政投入で建設・債務返済を行うケースもありましたが、一般財源化後は「新直轄方式」と呼ばれる手法で国費により建設して無料開放する区間が出る一方、従来型の有料道路については高速道路機構と高速道路会社の債務スキーム内で賄う範囲が増える傾向となりました。
つまり、特定財源の柔軟化により高速道路事業も一般財源に頼る部分と、自主財源(料金収入)で賄う部分が整理され、高速道路機構は自主財源で返済すべき債務については市場から積極的に資金を調達する役割が一層重要になったのです。
さらに、債務返済期間の見直しも歴史的経緯として重要です。
民営化当初、料金徴収期間(=債務返済期限)は「民営化から最長45年後まで」と法律で定められ、具体的には2050年までに債務を完済しその時点で高速道路を無料開放する計画でした。
しかし、その後の追加道路建設や費用見込みの変化により返済期間の延長が議論され、2014年の法改正で2065年まで、2023年の改正で2115年まで料金徴収期限が延長されています。
これは事実上、債務返済計画を大幅に長期化し将来世代も含めて負担を平準化するもので、高速道路ネットワークの維持・拡大と国民負担軽減の両立を図る政策判断でした。
返済期間延長に伴い、高速道路機構としても超長期の債券発行余地が広がり、30年超や変則満期の債券を駆使して償還スケジュールを柔軟に調整するようになっています。
例えば満期40年超の債券を発行したり、償還時期を分散させて債務の山を避けるなど、発行年限の弾力化が進められています。
このような長期債務との付き合い方自体が、道路公団民営化以降に新しく構築されたスキームの特徴と言えます。
まとめると、高速道路機構の債券発行は道路公団民営化による巨額債務の承継と長期分割返済スキームを背景に始まりました。
国の財政投融資制度の中で政府保証債と機構債を組み合わせ、必要に応じ海外市場も利用しながら、長期かつ低利の資金を調達してきています。
その過程で超長期債という市場でも異例な債券を発行するに至ったのは、国家的なインフラ債務を確実かつ効率的に返済していくための工夫と、国内資本市場の受容力があってこそでした。
現在までの経緯を踏まえ、高速道路機構は高速道路会社からの貸付料収入を財源に、計画的な債務返済を続けています。
そして高速道路機構の債券は、日本の社会資本整備を支える重要な長期資金調達手段として位置付けられているのです。
図表: 高速道路機構債の資金循環スキーム概略(高速道路会社と機構の関係図) :
- 高速道路会社は社債や借入金で建設資金を調達 → 高速道路を建設
- 工事完了後:完成した道路資産を機構に引き渡し、同時に建設のための債務も機構が引き受ける
- 機構は高速道路資産を高速道路会社に貸し付け(リース)、道路貸付料を会社から徴収
- 高速道路会社は利用者から料金収入を得て、その中から貸付料を機構に支払う
- 機構は貸付料収入等を原資に引き受けた債務(機構債や借入金)の元利支払いを行う
- 債務完済後(料金徴収期間満了後)、高速道路資産は機構から道路管理者(国や地方自治体)に帰属し、道路は無料開放される
この流れの中で、機構債や政府保証債は債務のリファイナンス手段として適宜発行され、旧債の返済や新たな道路整備の財源に充当されています。
こうしたスキーム全体が、道路公団民営化後の高速道路事業を支えるファイナンスの仕組みとなっています。
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