逆行列とは、行列による変換を元に戻す行列です。数の\(2\)に対する\(\frac{1}{2}\)のような役割を持ちますが、各成分を逆数にするわけではありません。この記事では、逆行列の意味と存在条件を図で確認し、\(2\times2\)の公式と\(3\times3\)の掃き出し法を途中式つきで解説します。
\(n\times n\)行列\(A\)に対し、
\begin{align*}AA^{-1}=A^{-1}A=I\end{align*}
を満たす行列\(A^{-1}\)を、\(A\)の逆行列といいます。逆行列が存在する条件は\(\det A\ne0\)です。
- \(2\times2\):公式で素早く求められる
- \(3\times3\)以上:掃き出し法が使いやすい
- 検算:元の行列と掛けて単位行列\(I\)になるか確かめる
逆行列とは?「変換を元に戻す」行列
行列\(A\)をベクトル\(x\)に掛けると、\(y=Ax\)という新しいベクトルへ変換されます。その結果に逆行列\(A^{-1}\)を掛けると、
\begin{align*} A^{-1}y =A^{-1}(Ax) =(A^{-1}A)x =Ix =x \end{align*}
となり、変換前の\(x\)へ戻ります。ここで\(I\)は単位行列です。たとえば\(2\times2\)の単位行列は、
\begin{align*} I= \begin{pmatrix} 1&0\\ 0&1 \end{pmatrix} \end{align*}
で、どの\(2\times2\)行列\(A\)に掛けても\(IA=AI=A\)となります。行列の積をまだ確認していない場合は、先に行列の積の計算方法と定義できる条件を読むと、この式の意味を追いやすくなります。
\(A^{-1}\)という記号を見ても、\(A\)の各成分をそれぞれ逆数にしてはいけません。また、行列には一般的な意味での割り算があるわけでもありません。「左右から掛けたときに単位行列になる行列」と定義で判断します。
逆行列が存在する条件
通常の意味で左右どちらから掛けても元に戻せる逆行列は、正方行列について考えます。\(n\times n\)行列\(A\)では、次の条件はすべて同値です。
| 条件 | 何を表しているか |
|---|---|
| \(\det A\ne0\) | 行列式が0ではない |
| \(\operatorname{rank}A=n\) | 行・列が十分な独立性を持つ |
| \(Ax=0\)の解が\(x=0\)だけ | 異なる情報を同じ0へ潰さない |
| 掃き出し法で\(A\)を\(I\)にできる | 行基本変形で単位行列まで変形できる |
したがって、計算で最も確認しやすい存在条件は、
\begin{align*}\boxed{\det A\ne0}\end{align*}
です。この条件を満たす行列を正則行列または可逆行列と呼びます。
なぜ行列式が0だと逆行列がないのか
2次元の行列による変換では、\(|\det A|\)は面積が何倍になるかを表します。\(\det A=0\)なら、面積を持つ平面上の図形が線や点へ押しつぶされます。異なる点の情報が重なって失われるため、変換後の結果だけから元の点を一意に復元できません。
たとえば、
\begin{align*} S= \begin{pmatrix} 1&2\\ 2&4 \end{pmatrix} \end{align*}
では、\(\det S=1\cdot4-2\cdot2=0\)です。実際、0ではないベクトルに対して、
\begin{align*} S \begin{pmatrix} 2\\ -1 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0\\ 0 \end{pmatrix} \end{align*}
となります。もし\(S^{-1}\)が存在すれば、両辺へ\(S^{-1}\)を掛けて\(\begin{pmatrix}2&-1\end{pmatrix}^{\mathsf T}=0\)となってしまい、矛盾します。
2×2の逆行列の求め方
\(2\times2\)行列
\begin{align*} A= \begin{pmatrix} a&b\\ c&d \end{pmatrix} \end{align*}
の行列式は\(\det A=ad-bc\)です。\(ad-bc\ne0\)なら、逆行列は次の公式で求められます。
\begin{align*} \boxed{ A^{-1} =\frac{1}{ad-bc} \begin{pmatrix} d&-b\\ -c&a \end{pmatrix} } \end{align*}
具体例:公式へ代入する
次の行列の逆行列を求めます。
\begin{align*} A= \begin{pmatrix} 2&1\\ 5&3 \end{pmatrix} \end{align*}
まず、逆行列が存在するかを行列式で確認します。
\begin{align*} \det A =2\cdot3-1\cdot5 =1\ne0 \end{align*}
したがって、公式を使えます。
\begin{align*} A^{-1} &=\frac{1}{2\cdot3-1\cdot5} \begin{pmatrix} 3&-1\\ -5&2 \end{pmatrix}\\ &= \begin{pmatrix} 3&-1\\ -5&2 \end{pmatrix} \end{align*}
元の行列と掛けて検算する
求めた行列を元の行列へ掛けると、
\begin{align*} AA^{-1} &= \begin{pmatrix} 2&1\\ 5&3 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 3&-1\\ -5&2 \end{pmatrix}\\ &= \begin{pmatrix} 6-5&-2+2\\ 15-15&-5+6 \end{pmatrix}\\ &= \begin{pmatrix} 1&0\\ 0&1 \end{pmatrix} =I \end{align*}
となります。符号ミスを見つけやすいため、最後に必ず検算するのがおすすめです。
2×2の公式が成り立つ理由
公式の中に現れる行列を\(A\)へ掛けると、
\begin{align*} \begin{pmatrix} a&b\\ c&d \end{pmatrix} \begin{pmatrix} d&-b\\ -c&a \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} ad-bc&0\\ 0&ad-bc \end{pmatrix} =(ad-bc)I \end{align*}
となります。\(ad-bc\ne0\)なら、その値で割ることができるため、積を\(I\)にできます。
3×3の逆行列を掃き出し法で求める
\(3\times3\)以上では、公式を丸暗記するよりも掃き出し法(ガウス・ジョルダン法)が実用的です。行列\(A\)と単位行列\(I\)を横に並べ、同じ行基本変形を左右へ行います。
\begin{align*} \left[\,A\mid I\,\right] \longrightarrow \left[\,I\mid A^{-1}\,\right] \end{align*}
例題の拡大行列を作る
次の行列\(A\)の逆行列を求めます。
\begin{align*} A= \begin{pmatrix} 1&1&0\\ 0&1&1\\ 1&0&1 \end{pmatrix} \end{align*}
右側へ\(3\times3\)単位行列を置きます。
\begin{align*} \left( \begin{array}{ccc|ccc} 1&1&0&1&0&0\\ 0&1&1&0&1&0\\ 1&0&1&0&0&1 \end{array} \right) \end{align*}
5回の行基本変形で左側を単位行列にする
手順1:\(R_3\leftarrow R_3-R_1\)
\begin{align*} \left( \begin{array}{ccc|ccc} 1&1&0&1&0&0\\ 0&1&1&0&1&0\\ 0&-1&1&-1&0&1 \end{array} \right) \end{align*}
手順2:\(R_3\leftarrow R_3+R_2\)
\begin{align*} \left( \begin{array}{ccc|ccc} 1&1&0&1&0&0\\ 0&1&1&0&1&0\\ 0&0&2&-1&1&1 \end{array} \right) \end{align*}
手順3:\(R_3\leftarrow \frac{1}{2}R_3\)
\begin{align*} \left( \begin{array}{ccc|ccc} 1&1&0&1&0&0\\ 0&1&1&0&1&0\\ 0&0&1&-\frac12&\frac12&\frac12 \end{array} \right) \end{align*}
手順4:\(R_2\leftarrow R_2-R_3\)
\begin{align*} \left( \begin{array}{ccc|ccc} 1&1&0&1&0&0\\ 0&1&0&\frac12&\frac12&-\frac12\\ 0&0&1&-\frac12&\frac12&\frac12 \end{array} \right) \end{align*}
手順5:\(R_1\leftarrow R_1-R_2\)
\begin{align*} \left( \begin{array}{ccc|ccc} 1&0&0&\frac12&-\frac12&\frac12\\ 0&1&0&\frac12&\frac12&-\frac12\\ 0&0&1&-\frac12&\frac12&\frac12 \end{array} \right) \end{align*}
左側が\(I\)になったので、右側が求める逆行列です。
\begin{align*} \boxed{ A^{-1} =\frac12 \begin{pmatrix} 1&-1&1\\ 1&1&-1\\ -1&1&1 \end{pmatrix} } \end{align*}
計算途中の対角成分が0でも、別の行と入れ替えれば続けられる場合があります。行を入れ替えても左側を\(I\)にできず、最終的にゼロ行が現れる場合は、逆行列が存在しません。
なぜ右側に逆行列が現れるのか
一連の行基本変形をまとめて行列\(E\)で表すと、左側を\(I\)にできたことは\(EA=I\)を意味します。同じ変形を右側の\(I\)にも行うため、右側は\(EI=E\)です。したがって\(E=A^{-1}\)となり、右側に逆行列が現れます。
検算すると、
\begin{align*} AA^{-1} =\frac12 \begin{pmatrix} 2&0&0\\ 0&2&0\\ 0&0&2 \end{pmatrix} =I \end{align*}
となります。
逆行列を使って連立方程式を解く
連立方程式を\(Ax=b\)と表せるとき、\(A^{-1}\)が存在すれば、
\begin{align*} x=A^{-1}b \end{align*}
と解けます。たとえば、
\begin{align*} \begin{cases} 2x+y=5\\ x+y=3 \end{cases} \end{align*}
では、
\begin{align*} \begin{pmatrix} x\\y \end{pmatrix} &= \begin{pmatrix} 2&1\\ 1&1 \end{pmatrix}^{-1} \begin{pmatrix} 5\\3 \end{pmatrix}\\ &= \begin{pmatrix} 1&-1\\ -1&2 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 5\\3 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 2\\1 \end{pmatrix} \end{align*}
なので、答えは\(x=2,\ y=1\)です。なお、大規模な数値計算では、逆行列を明示的に作るよりも連立方程式を直接解く方が、計算量や誤差の面で有利なことが多くあります。
逆行列の主な性質
| 性質 | 式 |
|---|---|
| 逆行列の逆行列 | \((A^{-1})^{-1}=A\) |
| 積の逆行列 | \((AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}\) |
| 転置の逆行列 | \((A^{\mathsf T})^{-1}=(A^{-1})^{\mathsf T}\) |
| 行列式 | \(\det(A^{-1})=\dfrac{1}{\det A}\) |
積の逆行列では順番が逆になる
行列\(A,B\)がともに可逆なら、\(AB\)を元に戻すには、後から行った変換\(A\)を先に戻し、その後で\(B\)を戻します。そのため、逆行列の順番は反対です。
\begin{align*} (AB)(B^{-1}A^{-1}) &=A(BB^{-1})A^{-1}\\ &=AIA^{-1}\\ &=I \end{align*}
逆側から掛けても\(B^{-1}(A^{-1}A)B=I\)です。途中で括弧の位置を変えられる理由は結合則にあります。詳しい証明は行列の積が結合則を満たすことの証明で確認できます。
逆行列は1つしかない
\(B,C\)がどちらも\(A\)の逆行列だとします。このとき、
\begin{align*} B=B(AC)=(BA)C=C \end{align*}
となるため、逆行列は存在すれば一意です。
逆行列の求め方はどう使い分ける?
| 方法 | 向いている場面 | ポイント |
|---|---|---|
| \(2\times2\)の公式 | 小さな手計算 | 先に\(ad-bc\ne0\)を確認する |
| 掃き出し法 | \(3\times3\)以上、手順を機械的に進めたいとき | 左右へ同じ行基本変形を行う |
| 余因子を使う公式 | 理論的な導出、記号計算 | \(A^{-1}=(\det A)^{-1}\operatorname{adj}A\) |
| 数値計算ソフト | 大きな行列 | 方程式を解くだけなら逆行列を直接作らないことも多い |
余因子をプログラムで扱いたい場合は、余因子行列をPythonで計算する方法も参考になります。
逆行列の計算でよくある間違い
各成分を逆数にする
\(A^{-1}\)は、各成分へ\(1/a_{ij}\)を並べた行列ではありません。必ず、積が単位行列になるかで判断します。
行列式が0か確認せず公式を使う
\(2\times2\)の公式では、分母が\(ad-bc\)です。これが0なら割ることができず、逆行列は存在しません。
掃き出し法を左側だけに行う
\([A\mid I]\)では、行の交換・定数倍・他の行の加減を左右全体へ同時に行います。右側へ反映し忘れると、正しい\(A^{-1}\)になりません。
積の逆行列の順番を変えない
一般には\((AB)^{-1}\ne A^{-1}B^{-1}\)です。正しくは\((AB)^{-1}=B^{-1}A^{-1}\)と、順番を逆にします。
練習問題
問題1:2×2の逆行列
次の行列\(B\)の逆行列を求めてください。
\begin{align*} B= \begin{pmatrix} 4&1\\ 2&1 \end{pmatrix} \end{align*}
答えを見る
\(\det B=4\cdot1-1\cdot2=2\)なので、逆行列は存在します。
\begin{align*} B^{-1} =\frac12 \begin{pmatrix} 1&-1\\ -2&4 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \frac12&-\frac12\\ -1&2 \end{pmatrix} \end{align*}
問題2:存在条件を判定する
次の行列\(C\)に逆行列は存在しますか。
\begin{align*} C= \begin{pmatrix} 2&-1\\ -4&2 \end{pmatrix} \end{align*}
答えを見る
\(\det C=2\cdot2-(-1)(-4)=4-4=0\)なので、逆行列は存在しません。第2行が第1行の\(-2\)倍になっていることからも、行が独立ではないと分かります。
問題3:3×3の逆行列
掃き出し法を使って、次の行列\(D\)の逆行列を求めてください。
\begin{align*} D= \begin{pmatrix} 1&1&0\\ 0&1&1\\ 0&0&1 \end{pmatrix} \end{align*}
答えを見る
\([D\mid I]\)に対して、\(R_2\leftarrow R_2-R_3\)、続いて\(R_1\leftarrow R_1-R_2\)と変形すると、
\begin{align*} D^{-1} = \begin{pmatrix} 1&-1&1\\ 0&1&-1\\ 0&0&1 \end{pmatrix} \end{align*}
を得ます。実際に\(DD^{-1}=I\)となります。
問題4:連立方程式
逆行列を使って、\(2x+y=5,\ x+y=3\)を解いてください。
答えを見る
係数行列の逆行列は\(\begin{pmatrix}1&-1\\-1&2\end{pmatrix}\)なので、
\begin{align*} \begin{pmatrix} x\\y \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1&-1\\ -1&2 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 5\\3 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 2\\1 \end{pmatrix} \end{align*}
したがって、\(x=2,\ y=1\)です。
逆行列についてよくある質問
3×3の逆行列の公式は暗記すべきですか?
初学者は、余因子を使う長い公式を丸暗記するより、掃き出し法を理解するのがおすすめです。行基本変形を順番に行えば、存在判定と逆行列の計算を同時に進められます。
長方形の行列に逆行列はありますか?
通常の意味で\(AA^{-1}=A^{-1}A=I\)を同時に満たす逆行列はありません。長方形行列では、片側逆行列やムーア・ペンローズ擬似逆行列という別の概念を使うことがあります。応用例は擬似逆行列で定義したハット行列の解説で扱っています。
ゼロ行列に逆行列はありますか?
ありません。ゼロ行列へどの行列を掛けてもゼロ行列のままで、単位行列にはならないためです。
まとめ
逆行列は、行列\(A\)による変換を元に戻す行列で、\(AA^{-1}=A^{-1}A=I\)を満たします。計算するときは、次の順番で考えると迷いにくくなります。
- 正方行列であることを確認する。
- \(\det A\ne0\)かを確認する。
- \(2\times2\)なら公式、\(3\times3\)以上なら掃き出し法を使う。
- 元の行列と掛けて\(I\)になるか検算する。
逆行列の計算では、行列の積が土台になります。「行と列をどう掛けるのか」から復習したい場合は、行列の積とは?計算方法・定義できる条件・性質を解説もあわせてご覧ください。
